その人は、そのままわたしには気づかずに一階に降りていく。わたしは安心するあまり、また崩れ落ちそうになった。でも一度座り込んだらもう二度と立ち上がれなくなりそうで、なんとか持ちこたえる。
その人の足音がなくなるまで、わたしはその場でじっとしていた。そしてもう一度階段の方を見る。今度は誰もいなかった。あんまりゆっくりしていると、戻ってくるかもしれない……。
わたしは階段を一段ずつ、音を立てないように下る。踊り場で誰もいないことを確認してから、一階に降りた。あとは靴を取って、制服を回収するだけ……!
下駄箱の方をちらっと覗く。出口のあたりに男の人の背中が見えて、どきっとする。さっき階段を降りていった人で、用務員の人だった。あんまり女子から好かれていないおじさんで、盗撮してるとか、下着を盗んでるとか良くない噂を聞いたことがある。その人はわたしに気づくこともなく、外に出ていった。
わたしは昇降口の下駄箱で自分の靴を履いて、忍び足で出口に向かう。今から裸で外に出るんだ……。わたしは緊張しながら、出口から一歩踏み出した。
もう建物の中じゃないから、結構遠くからでもわたしの姿が見られてしまう。わたしは出口の近くの壁に隠れながら、校門とは反対側の、さっきいた教室の真下の方をちらっと見た。
「……っ!」
用務員のおじさんが、そっちの方に歩いているのが見える。このままだと、わたしの制服が落ちている場所を通ることになる。もし気づいて拾われたりしたら……ここまでバレないで来たのに、それが全部無駄になってしまう……。
わたしは冷や汗をかきながら、でもどうすることもできなくて、ただ用務員のおじさんが気づかないでいてくれることを願った。でも、用務員のおじさんはわたしの制服が落ちているあたりで立ち止まる。そして、植え込みの中に体を突っ込んで、がさごそしはじめた。
(う、うそ……っ)
わたしは絶望的な気持ちになって、呆然とそれを眺めていた。やがて植え込みの中から出てきた用務員のおじさんの手には、わたしの制服と下着がかかっていた。
そんな……ここまで頑張って来たのに……。
わたしは目の前が真っ暗になり、立ちすくむ。用務員のおじさんは、わたしの制服を持ったまま歩いていこうとした。
「ま、待っ……!」
わたしは気が動転して声をかけそうになり、なんとか踏みとどまる。用務員のおじさんが校舎の角を折れて見えなくなってしまい、わたしは何の計画もなく慌ててあとを追いかけた。
角のこっち側から首だけ出して先を見ると、わたしが入ったことがない扉があった。用務員のおじさんはそこで立ち止まり、鍵をポケットから出して、ドアノブに差し込んだ。
あの人がこのままあそこに入っちゃったら、わたしの制服がどこにいったかわからなくなっちゃう……。制服を取り返すチャンスは今しかない。わたしは恥ずかしいのを我慢して、泣き出しそうになりながら、用務員のおじさんに声をかけた。
「あ、あの……っ!」
用務員のおじさんはわたしの方を見る。大丈夫、顔だけしか見えてないはず……。
「そ、その制服、わたしのなので……返してくれませんか……?」
わたしは震える声でそう言った。用務員のおじさんはわたしを見て、さっき後輩の男子が浮かべていたような意地悪な笑みを浮かべる。
「へえ。まあこっちにおいでよ」
(……っ!)
わたしはすごく嫌な予感がした。もしかして、凪沙ちゃんを脅していた男子や、わたしを脅した後輩の男子と同じように、この人もそんなことするの……?
「い、いま、わたし、裸で……」
「ふうん。制服はここにあるからねえ」
用務員の男の人は、ニヤニヤ笑いながら制服を見せびらかしてくる。わたしが彼のところまで取りに行かないと、返してくれるつもりはないみたいだった。
(やだ……もう見られたくない……)
汗が背中を伝って落ちる。今日は散々恥ずかしいことをされて、自分のことも嫌いになって……もうこれ以上辱められるのはいやだった。
でも、制服がないと寮に帰れない。凪沙ちゃんに抱きしめてもらうのもできない……。
わたしはおっぱいとあそこに手を当てて、角から出る。男の人の視線が、わたしのからだを舐めるように移動する。わたしはうつむいたまま、男の人の近くまで歩いた。
「か、返してください……」
男の人の前に立って、わたしはそう言った。声もからだも震えて、今にも泣き出してしまいそうになる。
「へへ……恥ずかしそうだねえ。なんでこんな事になっちゃったんだい?」
一秒でも早くこの時間が終わってほしいというわたしの気持ちとは裏腹に、用務員のおじさんはそう聞いてくる。わたしは正直に答えた。
「一年生の男子に意地悪されて……」
「へえ。可哀想にねえ」
用務員のおじさんはえっちな意図を隠そうともせず、わたしのからだを隅々までチェックするように、いろんな方向から見てくる。わたしの後ろに回り込んで、がら空きの背中やおしりも見られてしまう。わたしは早く返して、と願いながら、その視線にただ耐えることしかできない。
「いいロリ体型だねえ。腰も引き締まっていて、おしりも張りがある」
「……っ」
嬉しくない、わたしのからだへの品評を、わたしが必死に聞き流そうとしていると、おじさんは信じられないことを言った。
「ただで返すわけには行かないねえ。せっかくそんな格好してるんだから、おじさんを喜ばせてくれないとねえ」