しばらくすると、校庭から話し声が聞こえなくなり、下校する生徒もいなくなった。外はもう薄暗くなっていた。暗いほうが誰かに見られることも少ないと思うけど、真っ暗だとわたしが制服を見つけられなくなるかもしれない。あんまりぐずぐずしているわけにもいかなかった。
わたしは深呼吸をして心を落ち着けようとしたけど、吐いた息は震えていた。裸で学校を歩き回るなんて、すごく怖い……。でも、行かないと……。
心を決めて、教室のドアを薄く開ける。廊下をちらっと見て、誰もいないのを確認した。おっぱいとあそこに手を当てながら、教室の外に出て、ドアをそっと閉める。このまま誰にも会いませんように……。
教室は二階の奥まった場所にある。まずはここから反対側の階段まで歩いて、一階に降りる。それから下駄箱で靴を取って、外に出なきゃいけない。
わたしは足音を立てないように気をつけながら、ゆっくりと階段の方に向かった。万が一前から誰か来てもとっさに隠れられるように、なるべく廊下の隅の柱にからだを寄せて歩く。早足で廊下を過ぎ去ってしまいたい気持ちもあったけど、足が震えているせいで少しずつしか前に進めなかった。
やっとのことで教室をひとつ通り過ぎると、曲がり角がある。わたしはからだを隠しながら、向こう側の廊下を見た。よかった、誰もいない……。
わたしは角を曲がって、また階段の方に向かって歩きはじめる。この廊下は、さっきまでよりも危ない場所だった。今までなら走ってあの教室に戻ることができたかもしれないけど、もう戻れない。しかも体を隠せるような柱はなくて、階段から一本道になっているから、誰か来たら確実に見られてしまう……。
わたしは考えたくないと思っていても、最悪の想像をしてしまう。もしまだ残っている子がいて、階段のところでばったり会ってしまったら……? もしその子が意地悪な男子で、わたしの姿を動画に録って、学校のみんなに、わたしが放課後の校舎を裸で歩き回ってる変態だって広めたら……学校中の男子に、裸を見られて……。
あそこを押さえている左手の指に、覚えのある温かいぬるぬるしたものが触れる。また垂れてきちゃってる……。わたしは悲しい気持ちになる。これは関係ない、ずっと外気に触れてるから、生理反応でこうなってるだけ……、わたしはそう思い込んで、足を進めようとした。
「え……?」
足に力を入れようとしても、その場に縫い付けられてしまったように全然動かない。想像してしまったせいか、階段から誰か来るような気がして、怖くなる。もうどこかに隠れることなんかできないのに……。
は、はやく進まないと……。ここにいればいるだけ、誰かに見られる可能性は大きくなる。そのことは頭では分かっているのに、からだの震えが収まらない。からだを抱いて抑えようとしても意味がなかった。わたしはとうとうその場にへたり込んでしまった。
床の冷たさをおしりに感じる。薄暗い廊下にひとりで──しかも裸で座り込んでいると、どんどん心細くなる。そのせいか、嫌な記憶がよみがえってくる。中学生の時に、男の人に犯されたときのこと……。裸にされて、恥ずかしい場所も全部撮られて、男の人はにやにやしながらわたしに覆いかぶさって、何度も入れてきて……。
「や、やだ……」
その時の痛さや怖さを思い出すと、からだの震えが大きくなる。もしわたしがあの男子たちに、「凪沙ちゃんの代わりになる」って言ったら、あの男子たちもわたしにそんなことをするかもしれない。今日は恥ずかしいことしかされなかったけど、クラスの男子やあの後輩の男子も、わたしをそんなふうにしようと思えばできたはずだった。実際に凪沙ちゃんはクラスの男子に無理やりされてたし、きっとあの三年生の男子たちも凪沙ちゃんが今日生理じゃなかったら、していたと思う。
わたしは凪沙ちゃんがわたしのためにひどいことをされるのに耐えられなくて、身代わりになるって言ったけど……これからクラスの男子に、あんなことされるの……?
どんどんつらいことばかり考えて、止まらなくなってしまう。何か落ち着くようなことを考えよう、とわたしは一生懸命頭を働かせる。いつもこういうときはどうしてるんだっけ……?
真っ先に思いついたのは、凪沙ちゃんのことだった。その時のことを思い出して眠れないとき、わたしがずっと寝返りを打ったりしていると、凪沙ちゃんは「眠れないの?」って聞いてくる。わたしはそういうとき、たいてい何も返事をしない。「うん」って言ったら凪沙ちゃんに甘えてるみたいで恥ずかしいし、でも否定したら凪沙ちゃんが来てくれないから。わたしがだんまりしていても、凪沙ちゃんはわたしが眠ってないのを知ってるから、仕方なさそうにちょっと笑いながらわたしのベッドに来てくれる。そして隣に横になって、わたしを抱きしめたり、頭を撫でたりしていてくれる。お風呂上がりの凪沙ちゃんのいい匂いとか、柔らかいからだとかに包まれていると、その時のことが頭の中から消えて、だんだん眠くなってくる……。
わたしは凪沙ちゃんがそうしてくれている時の感触を必死に思い出そうとした。凪沙ちゃんは男の人とは違う、きんもくせいみたいないい匂いがする。からだも柔らかくて、抱きしめられているとすごく安心するし、凪沙ちゃんが頭を撫でながら髪をすいてくれると、こそばゆくて気持ちいい……。
凪沙ちゃんのことを考えていると、だんだん嫌な考えが消えて、からだの震えも収まってくる。はやく制服を取ってきて、寮の部屋に帰って凪沙ちゃんに抱きしめてもらおう──わたしは勇気を出して、立ち上がった。
深呼吸して、階段の方に歩きはじめる。凪沙ちゃんのことを考えていたおかげか、怖さが少しずつ薄らいできて、わたしはさっきまでよりも早くもう少しで階段というところまでたどり着くことができた。
「……っ!?」
わたしが階段の角に隠れて向こう側を覗こうとしたとき、階段を降りてくる足音が聞こえてくる。心臓が縮み上がりそうになって、慌てて壁に張り付く。誰かわからないけど、もし二階に用があるんだったら、絶体絶命だった。二階のほとんどの教室には、わたしがいる場所を通らないと行くことができない。隠れる場所もないから、絶対に見られてしまう……。
わたしは泣き出しそうになりながら、このまま階段を降りて……! と心の中で願う。足音が近づいてきて、すぐ近くに大人の男の人の気配がする。わたしはドキドキしながら、ぎゅっと目を閉じた。