凪沙がインターホンを押してしばらくすると、中から少し小柄な制服の男の子が顔をのぞかせる。凪沙の顔を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「あ、久しぶりー、ユウくん」
凪沙はにこにこしながら、男の子にそう言う。ユウは無愛想に何も言わず、彼女を玄関に通す。凪沙はおじゃましまーす、と言ってからリビングに上がり込んだ。
「……姉ちゃんは?」
ユウはぶっきらぼうにそう言った。凪沙は姉の琴音の友達で、今までも時々家に遊びに来ていた。姉と一緒になってユウをからかってくることも多くて、ユウにとっては接し方に戸惑う相手でもあった。
「バイト。いきなり入っちゃったんだって。終わるまでユウくんの相手しといてーって」
凪沙は笑顔を浮かべたまま、そんなことを言う。ユウは呆れたように返した。
「相手なんて要らないですよ……。子供じゃないんだから」
「えー要らないの? 中学生なんて子供みたいなものじゃん。まだあたしの方が背高いしね」
そう言って凪沙はユウの正面に立つ。凪沙の言うとおり、ユウはまだ彼女を少し見上げるような形になる。中学生のユウにとって身長は多少なりとも気にかかることで、からかわれるとユウはムッとしてしまう。
「……じゃあ好きにしててください。俺は上で宿題してるんで」
「えー、ちょっと待ってよ。さみしいじゃん。宿題なんかせずにゲームしよ?」
ユウが凪沙のわきを通り抜けてリビングを出ようとすると、凪沙はさっとユウの制服の裾をつかんだ。そして、悪巧みを思いついたような笑みで聞いてくる。
「それとも、宿題って言いながらエッチな漫画でも読む気?」
「よ、読まないですよ! そんなの」
凪沙の言葉に、ユウはついムキになって反論してしまう。しかし、凪沙はそんなユウの言葉にもにやにや笑いを浮かべたままで、ユウを引き留めようとしてくる。
「えー怪しいなー。じゃあリビングでしなよ。あたしが見てあげるしさ」
何を言っても、どうせ食い下がってくる──。ユウはそんな気持ちになって、露骨にため息をついて言った。
「はあ……じゃあゲームでいいです」
「ふふ、素直じゃん」
凪沙はうれしそうに笑って、ユウをリビングに引き戻す。ユウが仕方なさそうにソファに腰を下ろすと、凪沙はまるで自分の家のように、リビングのテレビの横にあるコントローラーを手に取った。彼女が屈むと、短いスカートから白い太ももがあらわになって──その奥まで見えそうになり、ユウは慌てて目を逸らした。
「はい。スマブラでいいよね?」
凪沙はそう言ってユウにコントローラーを手渡し、ユウのすぐ隣に座った。ほとんど身体が触れあいそうな距離感に、ユウはたじろぐ。それに気づくこともなく、凪沙は慣れた手つきでソフトを起動し、キャラクターの選択まで済ませてしまう。ユウもいつも通り選ぶと、すぐに対戦画面が表示される。
「ふふ。一対一でやるのなんて久しぶりだねー」
「……、まあ、だいたいいつも姉ちゃんもいますしね」
対戦が始まると、凪沙は画面を食い入るように見つめながら、手元のコントローラーをカチャカチャと操作する。しかし──
「……!」
凪沙が無意識にからだを傾けてユウの方に寄せると、左腕に柔らかい感触が触れて、ユウはどきりとする。それに、元々かなり短い凪沙の制服のスカートは、彼女がからだを動かすたびに少しずつずり上がって、もうほとんど太ももの付け根まで見えているような状態だった。
姉の友だちとはいえ、人目を引くような彼女の顔立ちと大きな胸のせいで、異性として意識しないわけにはいかなくて──ユウは、少しもゲームに集中できなくなってしまう。そして──
バシューン、とユウのキャラクターが画面外に吹き飛ばされてしまう。凪沙はやった!と胸の前で小さくガッツポーズをした。
「いえーい、あたしの勝ち。ユウくん、前やった時より弱くなってるなー。もしかして、手加減してる?」
「し、してないですよ」
凪沙を性的に意識してしまっていたなんて言えるはずもなく、ユウはただ否定する。そして、凪沙はいいことを思いついたようににやりと笑った。
「じゃあ次負けたら、あたしのことお姉ちゃん呼びね?」
「は、はあ!? そんなの無理に決まって──」
「ほら、始まったよ!」
ユウが拒む暇もなく、新しいマッチが始まってしまう。しかし、左腕に触れる彼女の柔らかい胸の感触や、彼女がからだを動かすたびにめくれ上がっていくスカートのせいで、相変わらずユウは集中できなかった。ユウは簡単な復帰をミスして、また画面外に吹き飛ばされる。
「ふふ、またあたしの勝ち。なんだ、ほんとに弱くなってたのかー。じゃあ、ユウくんのお姉ちゃん呼びまで、3、2、──」
「ちょ、やるなんて言ってないんですけど。だいたい、凪沙さんは何も賭けてないなんてズルじゃないですか!」
勝手にカウントダウンを始めようとする凪沙に、ユウは声音を強めて反駁する。凪沙はイタズラがばれた子供のように小さく舌を出す。
「あ、バレたか。せっかくユウくんのこと弟にするチャンスだと思ったのに」
「弟にするって何ですか……。そんなのないですから」
ユウがきっぱりとそう言うと、凪沙はわざとらしく唇を尖らせる。そして、しょんぼりしたような声を作って、ユウを見つめながら言った。
「……そんなにあたしのことお姉ちゃんにするの嫌?」
演技だと分かっていても、そんな凪沙にユウはたじろいでしまう。ユウは慌ててフォローするような言葉を口走った。
「あ、姉なんて、二人も要らないですよ。一人でもうざいんだから」
「ふーん。じゃあ琴音の弟やめて、あたしの弟になるのは?」
「え?」
凪沙の言葉にあっけにとられて、ユウは素の反応を返す。凪沙の方を見返すと、相変わらず濡れたような黒い瞳がユウの方を見つめていて、ユウは余計に混乱してしまう。しかし、すぐに取り繕うように、ユウは彼女に言った。
「い、意味わかんないこと言わないでください。弟になるとかするとか──」
その言葉を遮るように、玄関のドアががちゃりと開き、ただいまー、と明るい声が聞こえる。ほどなくして、凪沙と同じ制服姿のポニーテールの女の子が、リビングにやってきた。
「あ、おじゃましてまーす」
凪沙は琴音の方を振り返ってそう口にする。琴音は凪沙の顔を見るなり、手を胸の前で合わせて言った。
「ごめん! 後輩の子、いきなり飛んでさー」
「ううん、全然大丈夫。弟くん借りて遊んでたから。ね、ユウくん」
そう言って、凪沙はユウに目配せする。ユウが何か言おうとする前に、凪沙とユウの手元のコントローラーを見て、琴音は不満げな声を上げた。
「あ、ズルい! 最近わたしとは全然遊んでくれないのに!」
言いながら、琴音はソファのユウの隣に座り込んでくる。片方は姉とはいえ、女子高生二人に挟まれるような形になって、ユウは余計に気まずくなってしまう。ユウが窮屈そうにしていると、凪沙は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「ふふ。琴音よりあたしの方がお姉ちゃんにしたいって言ってたもんねー」
「え、そうなの? ユウー、さてはおっぱい見て選んだでしょ。このムッツリめっ」
まるでさっきまでの自分のよこしまな考えを読まれているかのような琴音の言葉に、ユウはドキリとする。そして、大急ぎで否定した。
「そんなこと言ってないから!」
「ふーん、そうなんだ。じゃあどっちがいいの?」
琴音は興味ありそうにユウの方に身を乗り出してそう尋ねた。凪沙だけでなく琴音にまでそんなことを聞かれて、ユウは答えに詰まる。ユウはその質問から逃げるように、ソファから立ち上がった。
「そんなの、どっちでもいいし。じゃ、姉ちゃん帰ってきたんで、俺はこの辺で」
「あ、ちょっと! ねえ、ユウもいっしょに遊ぼうよ」
そう言って自分の部屋にこもろうとするユウを、琴音が引き留める。しかし、ユウは足を止めずに面倒くさそうに言った。
「凪沙さんとすればいいでしょ。俺は塾もあるし」
そう残して、ユウはリビングから出て行く。去り際に、背中の後ろから凪沙の言葉が聞こえてきた。
「ふふ、あーあ、逃げられちゃった。どっちでもいいし、だって」
そして、かしましい二人の笑い声が響く。ユウはため息をつきながら、二階の自分の部屋へと向かった。
***
琴音たちの家で遊んだ翌日の水曜日、凪沙はいつも通り、学校から寮までの帰り道の電車に乗っていた。帰宅時間の電車は相変わらず満員で、凪沙はため息を吐きながら車窓を眺める。窓の外は、今にも雨が降り出しそうな天気で、早く柚乃のいる寮の部屋に帰りたい、という気持ちが強くなる。それなのに──
「……っ」
まだ電車に乗って数分しか経っていないのに、凪沙はおしりのあたりにもぞもぞと蠢く感触を感じる。スカートの上から彼女のその場所の感触を確かめるように、何度もわざとらしくなぞってきて──手が当たっているだけでないのは明らかだった。
(……っ、ほんと最悪……っ)
男の目を引くような顔立ちのせいか、凪沙はよく痴漢に遭ってしまう。今朝も通学中に電車の中でおしりを触られたばかりだった。それでも、学校でうわさになったりするのが嫌で、凪沙はいつもそれを我慢していた。一日に二回も痴漢に遭うなんて、ほんとうについてない──凪沙はそう思いながら、おしりの感触を無視して立ちすくむ。
反応しなければ、きっとすぐに飽きてやめる──。凪沙のそんな思いとは裏腹に、痴漢の手は彼女のおしりにあてがわれたままだった。それどころか、彼女が抵抗しないと分かると、その手は直接彼女の肌に触れてくる。
「……っ」
凪沙の短い制服のスカートの中に手が潜り込んできて、彼女のショーツとおしりを撫ではじめた。その気持ち悪い感触に、凪沙の肌があわ立つ。生暖かい手は、女らしい柔らかさを帯びた凪沙のおしりの感触を愉しむように揉み込む。そして、少しずつ彼女の秘所の近くにも指を這わせ始めた。
(……っ、いい加減にして……っ!)
ショーツの上からでも、痴漢にその場所を触られるのは許せなかった。凪沙は痴漢の手首をつかんで、後ろに立つ男をきっと睨みつける。
「……っ!」
男を見て、凪沙の強気な視線は揺らいでしまう。そこにいたのは、数ヶ月前にも凪沙に痴漢した男の一人だった。そのあと、凪沙は男たちにホテルに連れ込まれて、何時間も辱めを受けて──そのことは、いまだに彼女の心にトラウマとして残っていた。
「へへ、久しぶりだねえ、凪沙ちゃん」
あの日のことが脳裏によぎって、男の手首をつかむ凪沙の右手から少しだけ力が抜ける。凪沙はそれを悟られないように男を睨みつけたが、男には彼女の怯えは伝わってしまっていた。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。凪沙ちゃんもおじさんたちにエッチなことされて、あんなに気持ちよさそうにしてたのにねえ」
男は凪沙のおしりを触りながら、耳元でそう囁く。男の言葉に凪沙は噛みつくように言った。
「……っ、怖がってなんかない……! あんたなんか、警察に突き出してやるから……っ!」
「へへ、相変わらず強気だねえ。でももう忘れちゃったかな? あの日の凪沙ちゃんのエッチな姿、全部ビデオに残ってるんだよねえ」
「……っ」
男の言葉に、凪沙の瞳が揺れる。その日の痴漢やホテルでの辱めの一部始終を、男たちは動画に撮っていて──そのせいで、凪沙はそのことを誰にも打ち明けられずにいた。男はニマニマ笑いながら、彼女を辱める言葉を口にする。
「あの動画、エロサイトで売っててねえ。もう500本も売れてたよ。凪沙ちゃんの裸もおまんこも、何百人もの男たちのオカズになってるんだろうねえ」
それを聞いて、凪沙の肩がぴくりと震える。ただでさえ、男たちにいやらしい目で見られるからだは、凪沙にとって大きなコンプレックスだった。それなのに、何百人もの男に自分が痴漢される姿を見られて、性的な満足に使われているなんて……。凪沙の心が羞恥に蝕まれているのを見て取ると、男は追い打ちをかけるように言う。
「もし学校に知れちゃったりしたらどうなるだろうねえ。凪沙ちゃんみたいな可愛くて体つきもエッチな子は、男子に人気だろうから、みんなその動画を見てシコシコするかもねえ」
「……っ」
学校中の男子が、自分のあんな恥ずかしい動画を知ってしまう……。それを想像するだけで、凪沙の心臓はきゅっと締め付けられたようになる。凪沙の右手は、いつの間にか力なく男の手首を離していた。男は彼女の顔が青ざめるのを見て言った。
「もし学校にバラされたくなかったら、どうすればいいか分かるよねえ。今日のことも全部動画に撮っておいてあげるよ。巨乳JKの制服痴漢なんて、みんな見たくて仕方ないからねえ」
男の脅し文句に、凪沙の息がわずかに乱れる。きっと、今からまた男に痴漢されて──どれだけ恥ずかしいことをされても、抵抗できない……。凪沙の心には、男への怯えの影がちらついていた。
「……っ、ほんと最低……っ」
そんな怯えを封じ込めようと、凪沙は男に憎まれ口を叩く。しかし、その言葉とは裏腹に彼女の声は不安に震えていた。
