「星川、ちょっと指導室に来い。あとは解散だ」
翌日の練習のあと、葉月はコーチに呼び出された。
「葉月ちゃん……」
陽菜は心配そうな表情を浮かべて葉月を見たが、当の葉月は何も不安に感じる様子もなく陽菜に笑いかける。
「大丈夫。ボクがあいつに、二度とセクハラしないように言ってくるよ」
「う、うん……」
陽菜はあいまいにうなづく。葉月はユニフォーム姿のまま、指導室に向かった。
コンクリートの壁に覆われた指導室には、机が一つと他に様々な器具が雑然と置かれていた。葉月が部屋に入ると、コーチは椅子に腰掛けたまま彼女をちらりと見た。そしてニヤニヤと笑みを浮かべながら、葉月のからだに目をやる。
(……っ、気持ち悪い……っ!)
葉月はいやらしい視線を隠そうともしない男に、生理的な嫌悪を感じる。早く用事を終わらせてしまおうと、葉月は言った。
「なんですか? いきなり呼び出して」
「ああ、そうだったなあ。最近のお前の態度には、目に余るものがあると思ってな」
やっぱりそのことか、と葉月は思う。しかし、葉月もそう簡単に引き下がるわけにもいかなかった。
「あんたが陽菜にセクハラするからでしょ……」
彼女が怒りをにじませて言うと、男は笑みを浮かべたまま言った。
「セクハラで思い出したんだが、最近面白い動画を見つけてなあ。こういう動画なんだが……」
男は葉月にスマホの画面を見せながら、動画を再生する。そこには、丈の短い白のノースリーブスとデニムのホットパンツという、露出度の高い格好をした女の子が、電車の中で男にからだをまさぐられている映像が映し出されていた。
それを見て、葉月の顔がひきつる。そこに写っている少女は、ほかならぬ葉月だった。彼女は数ヶ月前、見知らぬ男に痴漢され、絶頂させられたあと、そのまま駅のトイレで辱めを受けて──その一部始終を、動画に撮られてしまっていた。そのことは、葉月にとって、誰にも話せない秘密だったのに……よりによって、卑劣なコーチが動画を手に入れているなんて、葉月には信じられなかった。
「この動画、エロサイトで売られててなあ。まさかお前がこんなAVに出てるなんてなあ」
「……っ、ぼ、ボクはこんなの知らない……っ!」
葉月は首を振って否定しようとしたが、男は言い逃れを許さなかった。
「へえ。でもなあ、この電車、どう見てもうちの生徒が通学に使ってるやつだよな。それに、この学生証も見るからに蒼葉のじゃないか?」
「……っ」
葉月が痴漢に遭った場所は、蒼葉高校からほど近い場所を走っている路線の電車の中だった。さらに、動画の中で、痴漢の男は彼女の財布から学生証を抜き取って、カメラで撮影していた。学生証の文字にはモザイクがかけられているものの、それはどう見ても蒼葉高校の学生証だった。葉月は男に何も言い返すことができず、うつむく。
「生徒がこんなエロ動画に出てるなんて知れたら、大騒ぎになるだろうなあ。もしかしたら、お前も退学になるかもなあ」
男の言葉を聞いて、葉月の顔が青ざめる。それは、今の葉月にとって何よりもつらい想像だった。チア部のあこがれの先輩が応援に来てくれる大会も、ずっとやりたかったチアリーディングも、陽菜との毎日も……全部、なかったことになってしまうかもしれない。そんなことを想像しただけで、彼女は耐えられない気持ちになる。
「そ、そんなのダメ……っ!」
葉月が思わずそう言うと、男は気味の悪い笑みを浮かべながら、立ち上がって葉月に近寄った。葉月はその場に縫い付けられてしまったように、ただ視線を落として立っていた。
「まあ、俺はこのことを学校には黙っておいてやってもいいけどな。その代わり、お前みたいな生徒は、きちんと”指導”してやらないといけないなあ」
男の言葉に、葉月はびくっと肩を震わせる。その指導という言葉がどのような意味なのか、葉月には嫌というほど分かってしまう。コーチという立場を利用して陽菜にセクハラをするような卑劣な男に、今度は自分がそういうことをされるなんて……葉月は男に強い視線を向けた。
「ほんと最低……っ!」
葉月がそう言うと、男はそんな彼女の態度を楽しむように笑みを浮かべる。
「へへ、生意気だなあ。ただ口の聞き方には気をつけろよ?」
「……っ」
男にそう言われると、弱みを握られている彼女には何も言い返すことができなくなって……葉月は悔しさに唇を噛んだ。