「凪沙ちゃん、明日はひま?」
柚乃があたしの髪を乾かしながら、そう尋ねてくる。休日のお風呂上がりは、柚乃とよくおたがいの髪を乾かしあう。平日だと部活やほかのことで寮に帰ってくるのが遅いことが多いからできないけど、あたしはこの時間が好きだった。柚乃と仲のいい姉妹になったみたいな感じがするから。
「あー、明日はちょっと……」
あたしがそう言うと、柚乃はふうん、と言った。ちょっと残念そうな声音で、申しわけなくなる。
「ごめんね、デートいけなくて」
休みの日で柚乃もあたしも用事がないときは、柚乃はよくあたしを買い物とかカフェとかに誘ってくれる。柚乃は認めようとしないけど、あたしはそれのことを「デート」って呼んでいる。あたしがそうやって茶化すと、柚乃は言った。
「デートじゃないってば。べつにいいよ。凪沙ちゃん、チア部忙しいもんね。今日も練習だったんでしょ」
化粧台の鏡に映った柚乃が、唇をとがらせる。柚乃のそんな表情を見ると、からかいたくなってしまう。あたしは笑いながら言った。
「あたしがいなくて寂しかったんでしょ。かわいいなあ、柚乃は」
「さみしくなんかない。凪沙ちゃんいなくてもふつうだよ」
柚乃は目をそらしながらそう言った。でも、本心じゃないのがバレバレで、あたしはもっと意地悪したくなる。
「ふーん。じゃあ今日は久しぶりに、リサの部屋にお泊りしよっかな。ちょうどルームメイトの子、おうち帰ってるみたいだし」
え、と柚乃は焦ったような声を出す。そして取りつくろうように咳払いをして言った。
「す、好きにすれば。わたし、べつに凪沙ちゃんがいなくてもぜんぜん平気だし」
柚乃は意地を張って、またそんなことを言う。でもあたしの髪をすく手が止まっていて、柚乃の方をちらっと見ると、うつむいて悲しそうな顔をしていた。柚乃のそんな表情を見て、あたしは慌てる。ちょっとやりすぎちゃったかも……。
「じょ、冗談だよ! 夜はずっと部屋にいるから」
「いいってば。はい交代」
柚乃はドライヤーを切って、あたしに押し付けてくる。あたしは柚乃の後ろに立って、彼女の髪に巻いてあるタオルを取った。そして柚乃の細い髪を手ですきながら、ブローをする。口のとがりが収まっていないので、あたしはもう一回柚乃に言った。
「ゆのー、ごめんってばー」
柚乃はあたしの言葉を聞こえないふりをしているのか、むすっとしたまま何も言わなくなってしまう。柚乃は成績もよくて、クラスでもみんなから信頼されてるけど、あたしの前ではこんなふうに子どもみたいな態度を取ることもあって、そういうところもかわいい。あたしは柚乃の髪を撫でるようにしながら、彼女をなだめた。
「ねえ、無視しないでよー。いっしょに寝てあげるから」
「………。」
柚乃はふてくされたまま、そっぽを向く。どうしよう、べつに怒らせたかったわけじゃないのに……。
「あ、来週の土曜日ならひまだよ。どこか行く?」
「……どこかってどこ?」
柚乃は不機嫌な声でそう言った。具体的なことを何も考えてなかったあたしは、言葉につまってしまう。
「え、えーっと……す、水族館、とか?」
この前、チア部の後輩の葉月がお姉ちゃんと行ったって言ってたのを思い出して、あたしは柚乃に提案した。あたしが水族館、って言った瞬間に、鏡の中の柚乃の目が一瞬輝く。それから柚乃は取りつくろうようにあたしに言った。
「ふ、ふーん。凪沙ちゃんが行きたいなら、いっしょに行ってもいいよ」
あたしはそんな柚乃にくすっと笑ってしまう。
「ありがと。約束する」
あたしが言うと、柚乃はさっきまでのぶすっとした表情がうそみたいに、うれしそうな笑顔を浮かべた。
柚乃の長くてきれいな髪を乾かし終えて部屋に帰るときに、寮母さんに声をかけられて、あたしは柚乃といっしょに事務室に寄り道した。あたし宛の荷物が届いているらしい。最近ネットで何か買った覚えもなくて、心当たりがなかった。箱は学校の机の天板くらいの大きさで、大きさのわりにすごく軽かった。
「何か買ったの?」
「うーん……わかんない」
柚乃に聞かれても、あたしはそう返すしかなかった。
部屋に帰ったあとは、テレビをつけてだらだらしたり、宿題をしたりする。あと、柚乃はお風呂に入ったあと、必ず豆乳を飲む。柚乃は、豆乳を飲むとおっぱいが育つって信じているから。
テレビを流しながら、持って帰ってきたダンボールを開けて、詰め物を出す。すると、底の方から一着の服が出てきて……あたしは、慌ててそれをダンボールに戻した。
「なんだった?」
「な、何でもない」
柚乃が不思議そうな顔をしていたので、あたしはとっさに思いついた嘘をつく。
「チアの小道具だったよ」
ふーん、と柚乃は言った。あたしは何気ない感じを装って、クローゼットの上の方の棚にダンボールごとしまった。柚乃はあたしより背が低いから、たぶんここなら届かない。こんなの、柚乃に見られるわけにはいかない……。
荷物を送ってきたのが誰か、すぐに見当がつく。柚乃といっしょに過ごす時間を邪魔されたみたいですごく腹が立つ。明日だって、男子に呼ばれてなければ、柚乃といっしょにどこかに行けたのに。
あんな男子たちになんか、絶対負けない。柚乃は、あたしが守るんだから。