葉月には、男子が持っていたある動画を見てから、ずっと気がかりなことがあった。その動画は汚らしい男たちが女の子に集団で痴漢するという、ひどい内容のアダルトビデオだったが、そこに映っていた女の子がチア部の先輩に似ていたのだ。その先輩は男女問わず学校中で人気があり、葉月にとってもあこがれの人だ。男子たちは本人だと思い込んでその動画を楽しんでいるようだったが、葉月はそうは思いたくなかった。
(美沢先輩があんな動画に出るはずない……。だけど──)
男子の動画を見てから、葉月はその動画の販売サイトを見つけ、最初の何分かが切り取られた試用動画とシーンの写真を見た。それを見れば見るほど、卑劣な男たちにまさぐられ、体を震わせる女の子の姿が、先輩に似ているような気がしてきた。しかも映っている電車は近くを走っている見覚えのあるものだったのだ。しかし、本人に直接聞くわけにもいかない。
(どうしたら確かめられるんだろう……)
葉月は悶々とした思いのまま、一週間を過ごした。
次の日曜日、葉月は思い切って動画に映っていた電車に乗ってみることにした。もしそこでビデオに映っていた男と同じような男に会ったら、問い詰めてやればいい。きっとそんなにうまくはいかないだろうけど、葉月はこのまま悩み続けるよりもそうした方がいいような気がした。
(もしほんとに先輩が痴漢されたんだったら、ボクが捕まえてやる!)
葉月は男をおびき寄せるために、なるべく似たような服を姉から借りて着ることにした。短い丈のへそ出しノースリーブと、おしりの形がはっきりわかるようなデニムのホットパンツ。ホットパンツにはスリットが入っていて、そこに編み上げが施されている。その間からも彼女の健康的な素肌がのぞいていた。あまり頻繁に露出の多い格好をしないので少し緊張したが、これも本当のことを知るためなら仕方ない。
駅のホームに着くと、周りの人の視線を感じる。男たちの目が、露出したおなかや足に集まり、それから顔をちらっと通り過ぎる。恥ずかしくて隠したい気持ちに駆られたが、そんなふうにすれば男たちはもっと喜ぶかもしれない。葉月は背筋を伸ばして見られるのに耐えた。
(みんなボクの方見てる……ちょっとやりすぎだったかな……)
葉月はトップスの裾を引っ張っておろした。電車がやってきて、葉月は乗り込む。朝の電車はよく混雑していた。あの動画と同じだ。葉月は立ったまま吊革を掴む。動画の女の子と同じように、わきを見せるようなポーズで。チア部で見られる機会も少なくないから、きちんと処理しているとはいえ、あまり積極的に見せたいわけではない。葉月は男たちの視線に気づかないふりをして、窓の外を眺めつづけた。
そのまま何事もなく二、三十分が過ぎ、電車は終点に着いた。たくさんの人の視線を感じたが、葉月に触れてくるような男はいなかった。最初からそんなに都合よく痴漢が捕まるはずがないと思い、葉月は逆向きの電車に乗って引き返す。ターミナル駅どうしを結ぶ電車は、上り下り関係なく混雑している。他の乗客たちの好奇と性欲の入り混じった視線に耐えながら、葉月はまた吊革につかまった。
落ち着かない気持ちで電車に揺られていると、電車が駅につき、たくさんの人が降りて、乗ってきた。次の大きな駅で降りてまた引き返そうと思っていたとき、葉月の後ろに男が立つのがわかった。
(男の人……痴漢?)
男は彼女のホットパンツに手を這わせてくる。葉月がしばらく気づかないふりをしていると、男は露出した太ももに直接触れてきた。彼女が振り向いて強い視線を向けると、男と目が合う。
「……っ!」
葉月には、その男がビデオに出ていた痴漢だということがわかった。ビデオには顔こそ映されていたなかったが、その体躯はまさに今後ろに立っている男のものだった。葉月は吊革を掴んでいない方の手で男の手を掴んだ。
「あんた、この電車で前に女の子に痴漢したでしょ」
葉月は小声で男にそう問いかけた。男は悪びれもせず、したよ、と言った。やっぱりこの男だ、と葉月は思った。問い詰めるなら今しかない。
「その子の名前は覚えてる?」
「そんなのいちいち覚えてないよ。痴漢した子はたくさんいるからね。それにだいたいの子は名前なんて知らない」
(……っ!)
なんて卑劣な男なんだろう、と葉月は思う。しかし、ここで男に怒鳴りつけても気になることはわからない。葉月は冷静さを取り戻すように息をした。
「……、ちょうど、今のボクと同じ格好をした子」
ああ、その子か、と男は思い当たったように言った。
「その子はよく覚えてるよ。最初は強気に睨んでたのに、すぐ気持ちよくなっちゃって喘いでたからね。ビデオも結構売れたし」
葉月は余計なことをしゃべる男の靴の先を踏みつけたが、彼女のかかとは固い感触に触れただけで、男はびくともしなかった。靴の先に何か仕込んであるらしい。
「……名前は?」
「凪沙ちゃんだよ」
「“美沢凪沙”?」
「ああ、確かそんな名前だった」
男のその言葉を聞いた瞬間、葉月は男に対する怒りが爆発しそうになるのを感じた。あの動画は本当に美沢先輩で、彼女はこの男に痴漢されたのだ。
「よくも、美沢先輩に──っ!?」
葉月が男に詰め寄ろうとしたとき、男はそれを予測していたかのように彼女の口を大きな手で塞いだ。そして彼女が暴れられないように、後ろから彼女の細い体を抱きしめた。
「あの子、君の先輩なんだ。女子高生だったもんねえ。先輩をレイプした痴漢を見つけようだなんて立派だねえ」
「……」
「でも暴れたり大声出したりしたらどうなるかわかる? 君の先輩の恥ずかしい動画が、世界中にバラまかれちゃうよ。今は有料で売ってるからそんなに有名じゃないけど、えっちな動画サイトに載せたりしたら──もしかしたら、何万人って人が、君の先輩でシコシコすることになるかもねえ。凪沙ちゃんみたいな可愛い子の動画が売れなくなるのは残念だけど、また別の子で撮ればいいか」
「……っ」
葉月は男に脅され、体の力が抜けていくのを感じた。自分が慕う先輩を痴漢した卑怯な男に、何もできないという無力感が彼女を苛む。
「聞き分けがいいねえ。先輩のことがそんなに好きなのかな?」
男の手が葉月から離れていく。葉月は男をきっと睨んだ。男はその視線を嘲るようにニヤリと笑った。
「よく見ると君も結構可愛いね。大好きな先輩と同じように辱めてあげるよ。抵抗したら先輩の動画がどうなるか……わかるよね」
男は葉月の太ももに触れてくる。そして彼女のすらりと伸びた足の感触を楽しむように、ゆっくりと触った。
(き、気持ち悪い……)
男の触り方の気持ち悪さに、葉月は思わず声を出してしまいそうになる。
「綺麗な脚してるねえ。いますぐおちんちん擦り付けたいくらいだよ。君の脚見てる人の何人かはきっと同じ想像してるよ」
「うるさい……っ、触るな……」
男は葉月の制止など聞こえなかったように触り続けた。
「君も凪沙ちゃんと同じで強気なタイプか。そんな子を従順にするのが楽しいんだよね。凪沙ちゃんも最後には自分からおちんちんペロペロしてたしね」
「美沢先輩がそんなことするはずないっ」
葉月が言うと、男はまるで彼女自身を辱めるように、凪沙のことを言った。
「凪沙ちゃんはねえ。電車の中で四人がかりで痴漢したあと、人前でおまんこさらけ出させたり、ラブホで裸にして縛って何回もイカせたりしたら、すぐ堕ちちゃったよ。ちゃんとその時の動画録ってあるからお裾分けしてあげようか」
「ひどい……っ」
男たちの凪沙への陵辱の話を聞き、葉月は憎しみが募るのを感じた。しかしそれでも、いつも毅然とした美しい先輩が、男のものを舐めているところを想像することはできなかった。
(先輩がこんな卑劣な痴漢のあれを舐めるなんて……嘘に決まってる)
「ふふ。まだ信じられないかい? でも後輩ちゃんもすぐ分かるよ。手始めに君の弱いところも探しちゃおうかなぁ。どんな女の子も責められると感じちゃう場所があるんだよねえ」
「……っ」
男はその「場所」を探すように葉月の体をまさぐった。耳に熱い息を吹きかけられ、背筋がぞわりとする。男が舌で耳たぶを弾くように舐めると、気持ち悪さで身震いしそうになる。
「若い女の子のいい味だ。凪沙ちゃんはこんな風にするとすぐびくびくして声あげてたよ。後輩ちゃんは違うみたいだねぇ」
男の下が耳たぶから首筋に移動し、唾液を塗り込むように這う。そして無防備なわきに指を這わせてくる。わきをくすぐるように男の指が動くが、葉月は体の反応を抑えて耐え忍んだ。
「辛抱強いねぇ。わきは後の楽しみに取っておくか」
男の手が露出した肌の最後の場所に触れてくる。背筋をなぞったあと、彼女のよく引き締まったおなかをそっと撫で始める。くびれを愛おしむようにじっくりと撫でられると、葉月は鳥肌が立ってくるのを感じた。男の指がなめらかな彼女のおなかの上を移動し、形のいいへそのまわりをなぞる。やがて指がそのくぼみの中に入り、ぐりぐりと圧迫するように押さえてくる。
「あっ……!」
葉月はまわりの乗客にも聞こえるような声を出し、体をぴくっと震わせる。男は耳元で囁いた。
「見つけた。おへそなんて、なかなかマニアックだねえ」
「ち、ちが……ボクは……くっ」
男はその弱点を徹底的に責める。へそのまわりを爪を立ててゆっくり引っ掻いたあと、その穴を押し広げるように指をねじ込んだ。葉月は男の責めから逃れることもできず、歯を噛み締めて声を殺した。
「ん……あっ……」
「こんなに感じるのに、おなか出して歩いてるなんて変態だな。ほんとはいじられたかったのかい?」
「ぼ、ボクはそんな変態なんかじゃ……っ」
葉月にとって引き締まったおなかはもっとも自信のある場所の一つだったが、同時に触られると弱い場所でもあった。その場所を憎い男に好き勝手触られ、思うように反応させられている──そう思うと、葉月は自分の体の欠点のように感じざるを得なかった。
男は葉月の反応を堪能したあと、彼女の腹部から手を離した。そして彼女のホットパンツの秘所の部分を、揺さぶるように刺激してくる。
「うぅ……ん……」
パンツの上からなのに、男の手の動きを秘所に感じ、葉月は落ち着かない気持ちになる。男のもう片方の手がノースリーブに入り込んでくるのを感じて、葉月は身をよじった。
「おっと。おっぱい触られるのはそんなに嫌かい?」
「当たり前でしょ……っ」
葉月は男を強気に睨んだ。男はその視線に笑みを深くする。
「でも抵抗しちゃっていいのかなあ? 困るのは後輩ちゃんだけじゃないよね?」
「くっ……」
葉月は身を捩るのをやめて男の手を受け入れる。男は葉月の胸の形を確かめるように、小さな膨らみを手で覆い、撫で回した。
「凪沙ちゃんのに比べると手応えないなあ。でも乳首は──」
「あ……んんっ……!」
「なかなかいじりがいがありそうだ」
男は指の腹で葉月の先端を弄び始める。先っぽの周りを焦らすように何周か撫で回したあと、その先端に触れると、彼女の乳首は簡単に硬くなり、尖ってしまう。尖らされたその場所を男の指が掠めるように動くと、葉月は体をびくっと震わせ、声を漏らしてしまう。
「いい反応だ。乳首敏感なんだね」
男に感じる場所をひとつひとつ探り当てられてしまう悔しさに、葉月は歯噛みする。さらに葉月の左耳に、男の舌が侵入してくる。彼女の小さな耳の溝に沿って舌が動いたかと思うと、奥の穴に無理矢理入り込もうとする。気持ち悪い男の熱くてぬめぬめしたものが、自分の中に入ろうとしてくる感触に、葉月は声をあげてしまいそうになる。
「いやぁ……っ」
男の唾液の音が止むと、代わりにタバコ臭い息が耳たぶにかかる。男は葉月に囁いた。
「さて、そろそろかな」
葉月が男の言葉の意味が分からず戸惑っていると、電車が大きな駅に着き、たくさんの人が降りて、入れ違いに多くの人が乗ってきた。男は葉月を連れたまま、人の波に沿って車両の端の方に移動する。そして人目につかない角に彼女を追いやり、彼女の逃げ道を塞ぐように後ろに立った。葉月が声を上げなければ、もう誰にも気づかれそうにない。葉月は自分の体が少し震えるのを感じた。
「怖がらなくても大丈夫だよ。気持ちよくしてあげるからね」
葉月は一瞬感じた痴漢への恐怖心を払拭しようと、男を睨みつける。男は葉月の気持ちを弄ぶように、彼女への愛撫を再開した。